REVIEW · コンサート・ライブ
MAKOTO.、名曲の間に自分の歌を置く――歌舞伎町ストリートライブ

2026年9月5日午後6時、東京・新宿の東急歌舞伎町タワー1階「和牛特区」前で、MAKOTO.のストリートライブが行われた。歌舞伎町一帯で運営される公認路上ライブプログラム「Kabukicho Street Live」の一環だ。専用のコンサートホールではなく都心の開かれた空間で行われ、アーティストを知って訪れたファンと歌舞伎町を通りかかった一般の来街者が、同じ場所で音楽に触れられることが特徴である。
東急歌舞伎町タワーを中心に運営されるKabukicho Street Liveは、路上で演奏したいアーティストに公式にステージを開く仕組みだ。現在、和牛特区前の会場は予約制で運用され、主催者はこの一帯を、新しいアーティストが自分の音楽を発表し、新たな観客と出会う場所として活用している。チケット購入者だけが入場するライブハウスのような閉じた会場とは異なり、街を行き交う人と既存のファンが自然に混ざり合える。その意味で、こうしたステージは、まだ自分の名前を広く届ける必要がある歌手に別の種類の機会を与える。
この日そこに立ったMAKOTO.も、複数人で出演するのではなく、自分の名前で約1時間のライブを進めた。sisの活動を通して見慣れた顔ではあるが、グループの一員として歌うときと、一人でストリートライブの最初から最後までを担うときとでは、観客に見える姿も当然変わる。この日の公演は、まさにその違いを確かめられる場だった。


シティポップからバラードまで、親しみのある歌がつくる入口
ライブは泰葉の「Flyday Chinatown」で始まった。続いて久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」、竹内まりやの「Plastic Love」が披露された。日本のポピュラー音楽を長く聴いてきた人にはおなじみの曲であり、近年の日本のシティポップが海外で再び聴かれる流れを通じて、新しい世代にも広く知られるレパートリーである。
冒頭3曲の選択は、ストリートライブという環境にもよく合っていた。単独公演なら、観客の大半が歌手を知っていることを前提にセットリストを組めるが、路上では事情が違う。ライブを目当てに来たファンだけでなく、偶然歌を聴いて足を止める人も観客になり得る。こうした場所では、耳になじんだメロディーが、初めて見る歌手の声に関心を向ける最も早い入口となる。
続いてチェッカーズの「ジュリアに傷心」が登場し、ライブの時代とジャンルの幅はさらに広がった。シティポップという一つの流行に曲目を集中させるより、異なる色を持つ日本の歌謡曲を自らの声でつなぐ構成だった。後半に選んだサザンオールスターズの「真夏の果実」まで含めると、特定のジャンルを再現するというより、さまざまな時代の親しまれた日本のポピュラー音楽を、MAKOTO.という一人のボーカルを通じて結び直すステージに近かった。
MAKOTO. SETLIST
MAKOTO. 歌舞伎町セットリスト
演奏順
カバー曲の間に置かれた自分の歌
しかし、この日のライブを単なる日本の名曲カバーのステージと説明しきれない理由は、5曲目にあった。世代を超えて知られる歌が続いた後、MAKOTO.は自身のオリジナル曲「このメロディーが終わるまで」を歌った。
ストリートライブでは、有名な曲のカバーが強い武器となる。初めて見る人の足を止めやすく、知っているメロディーを通して歌手の声を素早く届けられるからだ。ただし、カバーだけでライブを終えれば、観客の記憶も「おなじみの歌をうまく歌った人」にとどまる可能性がある。結局、カバーから生まれた関心を自分の音楽へどう移すかが重要になる。
その意味で、「このメロディーが終わるまで」を置いた位置は興味深い。冒頭から自分の曲を前面に出すのではなく、「Flyday Chinatown」「LA・LA・LA LOVE SONG」「Plastic Love」「ジュリアに傷心」で十分に声を届けてから、自分の歌を取り出した。観客に親しい音楽で先に接点をつくり、「では、この歌手自身の歌は何か」という問いに答える順番だった。
続く「真夏の果実」で、ライブは再びカバーのレパートリーへ戻った。サザンオールスターズを代表するバラードの一つであるこの曲は、それまでの比較的リズミカルな曲とは異なる感情の流れを生み、予定された6曲の最後を飾った。ここまでなら、カバー5曲とオリジナル1曲から成る比較的典型的なストリートライブとして終わることもできた。しかし、この日にはもう1曲が残っていた。
予期しなかったアンコール、再び「このメロディーが終わるまで」
準備した6曲が終わっても、ライブはすぐには終了しなかった。現場でもう1曲歌える時間ができ、客席からは自然とアンコールを求める声が上がった。MAKOTO.が最後に選んだのは、先ほど一度歌った「このメロディーが終わるまで」だった。
結果として、この日のセットリストで唯一のオリジナル曲が2回歌われた。有名なカバーをもう1曲選ぶこともできたが、最後の瞬間に自分の歌へ戻ったことがライブ全体の印象を変えた。「Flyday Chinatown」で始まり、さまざまな時代の日本のポピュラー音楽を経たステージが、最終的にMAKOTO.自身の曲で終わったからだ。
同じ曲を一つの公演で2回歌うのは、通常の単独ライブならやや異例の構成だろう。しかし、決まった曲目が終わった後にその場で加わったストリートライブのアンコールという条件なら、むしろ自然である。何より、最初から見ていた観客に「このメロディーが終わるまで」をもう一度聴かせることで、この日のステージから自分の名前とともに覚えてほしい歌が何かを、はっきりと残した。
カバーが観客の足を止める役割を果たしたとすれば、最後のオリジナルは、その観客に歌手自身の名前を残す役割を果たした。路上ライブにおいて、この二つの機能は競い合う必要がない。むしろ、知られた音楽で人を引き寄せ、自分の歌で次に会う理由をつくることが、最も現実的な仕組みである。
sisのMAKOTO.とソロ歌手MAKOTO.
このライブが興味深かったもう一つの理由は、MAKOTO.を見る単位が変わったことにある。sisの公演では、複数のメンバーが異なる声と個性を分かち合い、一つのステージをつくる。ある曲では一人が中心に立ち、別の瞬間にはほかのメンバーが観客の視線を集める。グループ公演の楽しさは、そうした関係と変化から生まれる。
ソロのストリートライブでは、その構造がなくなる。一人で歌の始まりから終わりまでを担い、曲間の流れも観客の集中も自ら保たなければならない。華やかな舞台装置や大規模なバンドがない環境では、歌手の声とレパートリーの選択がより直接的に表れる。その点で、この日はsisで見てきたMAKOTO.とは違う方法で、一人のボーカリストを確かめられる機会だった。
とりわけ、カバー中心の公演でありながら自分のオリジナルを軸として残したことは、今後ソロ歌手としての色をつくる過程にもつながる。良いカバーを聴かせるだけでも、路上では十分に人を集められる。しかし、自分の名前で活動を続けるには、観客が再び聴きに来る「自分の歌」が必要になる。この日「このメロディーが終わるまで」が2回登場したことは、まだ多くないオリジナルのレパートリーの中でも、その方向を示す場面だった。
歌舞伎町が路上の歌手にステージを開く方法
会場も、この日のライブの意味と無関係ではない。Kabukicho Street Liveは、歌手が空いた場所を探して任意に歌う路上演奏ではない。東急歌舞伎町タワーや地域の運営主体が、仕組みとして場所を提供する公認ストリートライブだ。和牛特区前の会場は予約して利用でき、公式の運営ルールの中で演奏や物品販売などが行われる。
この構造は、路上ライブの偶然性を残しながら、アーティストに最低限の安定した発表場所を提供する。ライブを見たくて来たファンには日時と場所の決まった正式な予定であり、同時に歌舞伎町を歩いていた人には、思いがけず出会う無料公演になる。ファンのためのライブと、新しい観客を探すショーケースが、同じ場所に重なっているのである。
歌舞伎町という場所の性格もそれを後押しする。大きな劇場やライブハウス、映画館、飲食店、各種娯楽施設が集まる街で小さなライブが続けば、音楽は特定の建物の中だけにとどまらない。公演のためにチケットを買った人だけでなく、街を訪れた一般の人にも自然に届く。運営側がKabukicho Street Liveを新しい才能の発掘・育成の場と位置づける理由も、この開放性に見いだせる。
親しんだ歌が終わった後に覚えておくべき名前
ストリートライブでカバー曲の力は明確だ。「Flyday Chinatown」や「Plastic Love」のように、歌い出しだけでわかる曲は通りがかった人の足を止められる。「LA・LA・LA LOVE SONG」や「真夏の果実」にも、世代を超えて記憶されるメロディーがある。路上という環境では、こうした親しみやすさ自体が最も強い宣伝手段の一つとなる。
ただし、ライブの最終的な目的は、カバーした曲そのものを改めて広めることではないはずだ。歌を聴いて足を止めた人が「この歌を歌っていたのは誰か」と気になり、公演後に歌手の名前やオリジナル曲を調べるようになる。その瞬間から、ストリートライブはアーティストにとって実質的な意味を持つ。
9月5日のMAKOTO.のステージは、その単純な原理を比較的はっきりと示していた。広く知られた日本のポピュラー音楽で始まり、さまざまな時代の歌を自分の声で通過した後、最後には再び自分の「このメロディーが終わるまで」に戻った。予期しなかったアンコールが、むしろこの日の公演の構造を完成させたといえる。
路上では、おなじみの歌が人の足を止める。しかし、その人が会場を離れた後に覚えておくべきものは、結局、その歌を歌った歌手の名前だ。歌舞伎町の夕暮れ、MAKOTO.はすでに広く知られた歌の力を借りながらも、最後の1曲だけは自分の名前で残した。
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