REVIEW · コンサート・ライブ
MAKOTO.、サロン・ムンボウ――小さな空間を満たす方法

――2025年5月25日、ソウル・合井のリレー公演から
約80人のサロン・ムンボウは、舞台を包む部屋のような場所だ。客席との境界は小さく、表情、息を整える間、手振りが届く。見るというより、舞台の中に一緒にいる感覚に近い。
2025年5月24、25日に、各アーティストがテーマと時間を持つリレー公演が行われた。一日に複数回あり、観客は選んだ方法で滞在できた。
2日すべてのオールパス、1日のデイパス、個別券の3種。指定席ではなく先着で、オールパス → デイパス → 一般券の入場順だった。誰をどれほど中心に見るか、明確な選択を求める仕組みだ。
5月25日日曜、午後5時30分にMAKOTO.の公演が始まった。
「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。」
――題名が示したMAKOTO.の姿勢
軽い冗談のような題名だが、ユーモア、親しみ、距離を置かない姿勢を的確に表していた。
歌だけの時間ではないとすぐ分かった。事前Q&A、即興の反応、日韓両語を交え、歌と話が自然に行き来した。
二言語は単なる意思疎通を超え、進行の道具になった。韓国語で冗談、日本語で感情、また韓国語で余韻をまとめる。翻訳というよりリズムの調整だった。
セットリストが示すもの
――力で押さないエネルギー
この日の曲順は以下の通り。
公演セットリスト
演奏順
- 銀河特急
- Stay With Me
- Plastic Love
- We Ride
- Fly-Day Chinatown(with かのうみゆ)
- 約束
- 花
- 第3漢江橋
- ギャランドゥ
- イミテイション・ゴールド
- 君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。
最初の「銀河特急」から方向が見えた。声の力は高音だけでなく曲全体を運ぶ推進力。音量で圧倒せず、リズムをつかんで客席を導いた。
「Stay With Me」と「Plastic Love」では80年代のシティポップの空気が広がった。大きな会場では誇張や雰囲気作りだけになりがちな曲も、近い声が都会の感覚と憂いを直接届けた。
韓国曲「We Ride」も印象的。完璧な発音の誇示より、感情を自分で扱えると考えた選択に見えた。力みすぎずリズムと肌合いをつかみ、巧いというより自然な印象を残した。

Fly-Day Chinatown――二人の関係
中盤でかのうみゆが加わり、デュエットが二人の関係を端的に示した。
競争も経験し、互いの存在で舞台を作ってきた二人は、中心を奪い合わなかった。MAKOTO.は安定して歌い、みゆが入ると自然に余白を渡す。技巧より経験から来る態度だった。

みゆの直線的で開いたエネルギーと、MAKOTO.の密度ある呼吸は違っても衝突せず立体感になる。残ったのは優劣でなく、曲が生きたという感覚だった。
話すこと、舞台を読むこと
トークは休憩でなく次の歌へ進むリズム調整だった。言葉を置きながら温度を落とさないよう、丁寧に運んだ。
近い会場では多すぎれば散漫、少なすぎれば距離が生まれる。冗談、反応を確かめる問い、短い説明が即興に見えて、流れを切らない選択だった。
事前Q&Aでも用意した答えでなく、その場で文脈を読み考えた。意図を拾い、少しひねって笑いに変える。大舞台で危うい即興も、小さな部屋では距離を縮めた。
二者択一ゲームも軽く受けつつ客席と笑いの間を見逃さなかった。中断でなく流れの一部となり、次の曲へむしろ柔らかくつながった。
ほかの出演者のMCも担当。二言語だけでなく、必要な言葉と減らす時を理解した。代わりに引っ張るより、本人が楽に続けられる空気を作った。
強すぎても引きすぎても崩れる境界を行き来し、歌唱とは別の、舞台を読める人という印象を残した。
強い曲で上げ、話とゲームで呼吸を調整し、音楽へ戻る。歌、話、空間が結ばれ、小会場のリズムを理解する構成だった。
用意された曲順以上に、可能なことと客席の期待を読みながら作り、その力がリレー全体を支えた。
グッズと写真、現場の温度
バッジはガチャ、個別インスタント写真は15,000ウォン、一緒に撮る券は25,000ウォン。すべて先着だった。
管理は完全でなく、期待を満たせず帰る人もいた。小会場の現実的な限界だが、公演の密度は崩れなかった。
撮影は全公演後で集中を守った。MAKOTO.は撮られる人より、最後まで歌う人だった。
安定感が残る舞台
力ある声、柔軟な言語感覚、空間を読む力が、派手さより先に浮かぶ安定感を作った。三つは過度なく釣り合っていた。
巧さを証明するのでなく、どんな姿勢で立つ人かを示した。小さな場所、近い客席、呼吸が届く環境でも揺らがなかった。
その安定こそ、観客が長く覚える要素だろう。





