REVIEW · 放送・映像
アユミ・かのうみゆ「飾りじゃないのよ涙は」、見える感情と心の間

カラオケ曲番号
涙が見えても、その人の心をすべて知ったことにはならない。題名は、感情を美しい像として受け取る視線を止める。語り手にとって涙は、きれいに光るための物として簡単に扱えるものではない。
アユミとかのうみゆは、2024年11月5日放送のMBN『日韓トップテンショー』第24回でこの曲を共に歌った。中森明菜の歌を二人が担う構成だ。デュエットの明るい放送の像と、題名のきっぱりした口調を共に考えると、選曲の緊張が見えてくる。
涙が見えることの落とし穴
音楽番組では、涙が感情の強さを示す場面になりやすい。泣いた事実だけで感動や本心の説明が続く。題名はその習慣を止める。涙の輝きを見ることと、泣く理由を理解することは同じではない。
井上陽水が作詞・作曲し、中森明菜が歌った原曲。涙を飾りから切り離そうとする題名は、自分をどう見てほしいかという要求にも読める。感情を表面だけで片づけないでほしい。その要求には、他人の解釈に心をすべて預けない態度がある。
強い言葉が守る弱い場所
強い人の宣言としてだけ聞くと、別の面を逃す。涙を装飾と区別することは、感情を慎重に扱うべきだということでもある。傷つかないから強く言うのではなく、傷を軽く扱われたくない気持ちとも読める。
題名の否定は感情を消す言葉ではなく、見る方法を変えるよう求める言葉だ。人物を冷たい、悲しいという一語に収めにくい。心を見せたい欲求と、簡単に読まれたくない気持ちは共存できる。
二人に託された一文
二人が歌うことで、一人の語り手の言葉を共有する場面が生まれる。デュエットを二人の実際の関係や傷を説明する資料に変える必要はない。同じ歌が二人の名前で紹介される条件だけでも、原曲とは別の出会いになる。
題名を考え直すと、番組を見る態度も少し変わる。見える表情と実際の心を、すぐ同一に置かなくなる。舞台は表現を見せるが、人生すべてを公開する場所ではない。涙のような強い記号を扱う曲では、その距離を残すほうが人物は豊かになる。
このカバーで再会するのは、涙をめぐるきっぱりした一文だ。美しく見えるだけでは感情の説明は終わらない。二人の舞台は昔の曲を現在の放送へ移し、その言葉をもう一度渡してくれる。
音源・制作情報
MBN MUSIC · アユミ&かのうみゆ「飾りじゃないのよ涙は」 ↗ · Warner Music Japan · 中森明菜 作品記録 ↗ · UtaTen · 「飾りじゃないのよ涙は」歌詞・クレジット ↗





