REVIEW · 楽曲・アルバム
sis「愛のバッテリー」——二つの言葉で分かち合う高揚感

カラオケ曲番号
sis(シス)の「愛のバッテリー」は、なじみのあるメロディーを別の言語へ移しても、出発点の痕跡を消さない。韓国語版と日本語版を並べると、意味がどれほど同じかということより、発音とリズムがどう出会うかが気になってくる。同じ歌を歌う親しさと、違う言葉で聴く新しさが同時に働く曲だ。ホン・ジニョンの原曲から続く愛の比喩はそのまま分かるが、四人で分け合う声は、その比喩にもう一つの舞台を用意する。
言葉を移した後にも残る、発音の感覚
ヒャダインがプロデュースと日本語詞を手がけたこのバージョンについて、日本コロムビアは韓国語の響きを残した歌詞を特徴として紹介している。翻案は、元の言葉を完全に隠す作業だけではないということだ。別の言語で理解できるようにしながら、耳に残る発音の異質さを一部保つ。この選択をたどると、二つの文化を結ぶという大きな説明も、具体的な音の問題になる。なじみのない言葉の痕跡が、サビの中で親しみやすいリズムと出会えるかを聴くのである。
公式紹介が併せて挙げる、軽快な4拍子のビートと哀愁も興味深い組み合わせだ。踊りやすい曲だからといって、感情まで軽いだけである必要はない。愛が自分を動かす力だという比喩には、相手を頼りたい気持ちがあり、ビートはその思いを重く立ち止まらせず、身体を動かす方へ導く。愛情の切実さと軽快さは競わず、ともに進む。この関係が生きていてこそ、トロットという韓国の歌謡ジャンルの名にも、単なる分類以上の感覚が生まれる。
同じメロディーが渡る、二つの言語
二つの言語版を比べるとき、どちらが本物に近いかを選ぶ代わりに、同じメロディーが異なる言葉を受け入れるあり方を聴ける。発音の長さと文のリズムが変われば、なじみの旋律にも違う表情が生まれる。意味を知って聴く場合と、まず音として出会う場合とでも、受け取り方は違う。翻案曲はその違いを抱えたまま、ともに歌える場所をつくる。原曲を知る人には記憶の手がかりに、初めての人には新しい歌への入り口になるのだ。
sisがグループとして歌うことは、「充電」の比喩を少し広げる。一人が相手に送る告白が、複数の声を通ることで、ともに元気をやり取りする言葉にも聞こえるからだ。それをメンバーごとの性格や実際の関係にまで広げて説明する必要はない。一つのメロディーを複数の人で共有する形式だけでも、歌の表情は変わる。独唱の感情をそのまま分けたのか、分け合って歌うことで別の親密さをつくったのか、比べて聴く余地が生まれる。
一緒に歌えるサビの場所
「愛のバッテリー」の翻案は、新ジャンルを開いたという大げさな宣言より、一度のサビを一緒に歌いたくさせる力から見たい。原曲に気づく楽しさと、違う発音へ耳を傾ける楽しさが、同じ箇所にある。親しんだ歌を保つことと、新しい聴き手へ渡すことは、必ずしも反対方向ではない。sisのバージョンは二つの言語を別々に用意し、その間を行き来する機会をつくる。比べて聴く瞬間、「バッテリー」の比喩にも、二度の異なる活気が入ってくる。





