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REVIEW · コンサート・ライブ

かのうみゆ、サロン・ムンボウ――一日の終わりを託された歌

公開 2025-05-26 · 更新 2026-10-24 · CROSSWAVE EDITION

かのうみゆ、サロン・ムンボウ――一日の終わりを託された歌
DATE2025.05.26

2025年5月26日、サロン・ムンボウ
一日の終わりを託されたかのうみゆ

ソウル・合井のサロン・ムンボウは、公演会場というより音楽に近く向き合う部屋だ。約80人、舞台との距離はほとんど感じない。小さな表情や息遣いまで届き、音量や派手な演出以上に、誰がどんな姿勢で歌うかが見える。

2025年5月、ここで2日間のリレー公演が行われた。各人がテーマと色を持ち、一日に複数回が続いた。その最後を任されたのが、かのうみゆ。一日と二日間の流れを締めくくる位置だった。

最後は単なる順番ではない。客席の体力、集中、感情が消耗してから立ち、同時に頂点を期待される場所でもある。みゆはその位置にいた。

前方席を目指す選択

指定席ではなく並んで入場し、オールパス, デイパス, 一般券の順だった。前を目指すにはオールパスが必要になる仕組みだった。

みゆを近くで見るため、やむなく通し券を買ったり、直前の公演に入らず待つ人もいた。二人ほどでも、その選択は明確だった。連続企画より、かのうみゆ一人を見に来ていた。

彼女が選択肢の一つでなく、目的地になりつつある静かな兆しだった。

MCとしてのMAKOTO.

この日の司会は、MAKOTO.(マコト)。Q&Aと二者択一ゲームの短い登場でも、日韓両語とSIS/Tの仲間ならではの呼吸が際立った。

質問し、流れを整え、みゆへ舞台を戻す、過度でない進行。主導権を奪わず、リズムを読み次へ進める間を作る姿は、司会以上に舞台を理解する人の態度だった。

セットリストが語ること

――韓国の舞台を前提とした選択

曲順は以下の通り。

SETLIST11 TRACKS

公演セットリスト

演奏順

  1. Over Drive
  2. 愛を伝えたいだとか
  3. Don’t you see
  4. 瑠璃色の地球
  5. Every Heart (BoA)
  6. ムーンライト伝説
  7. 淋しい熱帯魚(with MAKOTO.)
  8. ロマンティックあげるよ
  9. 私がオバさんになっても
  10. Nado Yeojar apnida
  11. 可愛くてごめん

偶然の並びではなく、明確な方向を持つ配列だった。

最初の2曲は『日韓歌王戦』とその後に、韓国でみゆを印象づけてきた曲。好評だからだけでなく、どんな舞台を作る人かを素早く伝える選択だった。

力を誇示せず、空間を広く使い、視線をゆっくり集めた。歌の巧さより安定して場を運ぶ人という印象を残す判断が見える。感情を最初から極端にしない態度は、一度限りの企画ではないというメッセージにも感じられた。

「Don’t you see」と「瑠璃色の地球」は少し違う。日本の大衆音楽で広く知られる曲を韓国で選ぶのは、親しみの提供より、日本音楽の感情の肌合いを紹介したい意思に見えた。

ZARDの代表曲では、感情が言葉を超えて届くことを前提とした。日本の歌を歌うという構えより、流れと旋律を信じ、説明を加えず歌った。未知の曲というより、落ち着いてしみ込む形だった。

中盤のBoA「Every Heart」と「ムーンライト伝説」は韓国をより直接意識する。前者は両国に親しまれ、韓国から日本へ広がる物語も象徴する。日本で活動し韓国に立つみゆ自身の位置とも重なった。

後者も懐かしさだけではない。明るく明確な性格が前の密度を緩め、空気を変えながら距離を縮めた。

かのうみゆ · 2025.05.26  現場
かのうみゆ · 2025.05.26  現場

後半はさらに韓国へ向いた。

「ロマンティックあげるよ」「私がオバさんになっても」「可愛くてごめん」は『日韓トップテンショー』でも評価された曲。新しさを試すより、信頼を得た曲を適切な位置へ置く判断だった。

中心には韓国の歌「Nado Yeojar apnida」があった。比較的以前の曲で、感情と語り方が明確だ。韓国語で歌うことは言葉のリズムへの敬意に見え、外国人という枠より、同じ場所を共有する歌い手の舞台へ移った。

全体は、韓国ですでに意味を得た曲, 日本の感情を紹介する曲、そして両国を結ぶ象徴的な曲を層状に配置。無作為でも欲張りでもなく、初めて見せるだけでなく、その後を見据える舞台だった。

新しさを証明するより、積んだ選択を整理し、小さな空間だからこそ鮮明になった。

デュエットに見える関係

後半の「淋しい熱帯魚」でMAKOTO.が再登場。『トロット・ガールズ・ジャパン』で競い、SIS/Tで仲間となった流れを知れば、企画以上の物語に見えた。

声は重なるより分かれ、片方を支えるだけでも中心を独占する形でもなかった。互いの余白へ踏み込まず、同じ線上で違う肌合いを示した。大切なのは完璧な呼吸や華やかな和声より、互いを押しのけない距離だった。

みゆがチームでも自分の色を保てることを再確認した。競争を経た均衡と、領域への敬意。後半に置いたことにも意味があった。

最後の曲と残ったもの

「可愛くてごめん」の後は爆発より長い拍手が続いた。終わりの合図であり、この時間への納得にも聴こえた。歓声より長く手で応える形が、場所と気分に似合った。

新しい挑戦より、現在地を静かに示した。前方へ向かう選択が生まれ、最後の重みを担い、言語とジャンルを渡っても軸を保った。

証明を急がず、できることを適切な位置へ置いた。広い空間利用、中盤の抑制、終盤の交流まで、よく見せるためというより、今の自分が安定して立てる方法だった。

小さな部屋が最後まで客席を留めたのは、過剰な仕掛けでなく、歌い手が役割を理解していたからだ。

グッズと写真、現場の温度

バッジはガチャ形式、メンバー個別のインスタント写真は15,000ウォン、一緒に撮る券は25,000ウォン。すべて先着で、列はすぐ延びた。

十分に管理しきれず、期待を満たせず帰る人もいた。小規模会場の現実的な限界でもある。ただ、その中でも歌の密度は崩れなかった。

撮影は全公演後に行い、集中を守った。みゆは撮られる人より最後まで歌う人であり、カメラより客席との時間が先にあった。

小さな舞台の確かな印象

大きなコンサートでも派手なショーケースでもなかったが、こうした場を、最後まで担える人になりつつある。最後の配置と、それを誇張なく引き受けたことは偶然ではない。

新しい物語を作るより、積み重ねた選択と態度を静かに整理した。その印象は大きな音より長く残る。

こうした舞台が重なるほど、可能性を示す歌手から、信頼できる演者へ近づく。速くはなくても明確で、揺らがない変化だった。