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かのうみゆ「かのうのかのうSAY!!」初回――福岡の記憶からソウル「1999」へ

公開 2026-01-12 · 更新 2026-10-24 · CROSSWAVE EDITION

かのうみゆ「かのうのかのうSAY!!」初回――福岡の記憶からソウル「1999」へ
DATE2026.01.11

天神と警固公園、TikTokとオーディション、sisとソロ、ソウル「1999」まで――現在地を穏やかに伝えた30分

かのうみゆは2026年1月11日放送のLOVE FM「かのうのかのうSAY!!」初回で、音楽の歩み、福岡の記憶、オーディション後の変化、韓国での活動を自ら語った。1月から3月の毎月第2日曜日に放送する単独ラジオの出発点となる回だ。題名の意味、幼いころの地域の記憶、TikTokから開いた転機、sis(SIS/T)、前年初のワンマンの思い、ソウル公演とファンミーティングの告知まで、幅広く触れた。

初回らしい挨拶の放送でありつつ、それ以上のものもあった。近況を並べるより、どこから出発し、どう今にたどり着いたかを自分の言葉で組み直す時間だった。地域の舞台、家族の記憶、デジタル、オーディション、グループ、単独公演、海外へと、一つの経歴が続く過程を明確にした。

誇張した成功談にならないことも印象的だった。一人で話すラジオがこの感じでよいのか分からないという緊張も隠さない。整いすぎた番組より、生身の人がいる放送として聞こえた。慣れきっていない形式の中で、声と時間と成長をそのまま残す始まりだった。

誕生日イベントからラジオへ続いた「かのうSAY」という名前

冒頭は番組名の説明だった。「かのうSAY」はもともと誕生日イベントにも使った名前で、候補を考えても最後に強く残ったのは「かのうの可能性」という響きだったという。名前と、話す意味のSAYを重ねられる表現が印象に残ったと話した。

後半には、SNSでの使い方も説明した。「せい」がSAYであることを確かめ、その感覚で番組について投稿してほしいと伝えた。単に可能性という抽象語を繰り返すのでなく、自身の名前と言葉を発する行為を結ぶ名になっている。

初めて一人で名を掲げるラジオだけに、題名を重く受け止めていた。放送は毎月でも、最初に覚えられるのは名前だ。美しい題名という以上に、歌を流して近況を話すだけでなく、本人の考え、好み、記憶を蓄積する場所という方向を示す。

三重に生まれ福岡で育ち、大牟田と街を行き来した時間

福岡出身として知られるが、生まれは三重県で、4歳から福岡で育ったと明かした。生活の中心は大牟田で、成長期は福岡市中心部との間を行き来したという。整った紹介文というより話し言葉だからこその実感があった。故郷は一つの地名に収まらず、移動の経験の中で形作られたことが伝わる。

週末は福岡市内で過ごし、レッスンや活動で街へ出たという記憶は、今を理解する手がかりになる。現在の日韓往来に先立ち、地域から中心へ、都市から都市へ動く感覚が身についていたのかもしれない。大牟田と福岡のリズムが、後の日韓のリズムにつながる。

10歳ごろギターを始め、シンガーソングライターとして活動してきたという。高校時代には一人の進行ではなかったものの約3年ラジオも経験した。また福岡時代、当時のマネージャーから毎月必ず新曲を作る課題を与えられていたとも語った。最近のオーディションだけで突然生まれたのではなく、地域のライブと創作の習慣が長く積み重なっている。

天神、警固公園、母と過ごした福岡の記憶

特に印象的だったのは天神の話だ。LOVE FMのある福岡で今、自分の声が流れていると話し、思い出をゆっくり取り出した。レッスン後に母と買い物へ行ったこと、警固公園近くのたい焼き店、商店街の空気と、具体的な記憶が続いた。

単なる地元トークに終わらない。彼女にとって天神は繁華街である前に、成長期の感情が重なる場所だ。母と歩いた道、レッスン後の店、そのときの気持ちが残る。天神を思うと自然に母の存在も浮かぶという。福岡は出身地以上に、過去と今が重なる場所なのだ。

東日本大震災のころの記憶にも長く触れた。11歳か12歳のころ、チャリティーと募金の一環で警固公園の路上で歌い、ギターを始めて間もなく、緊張してうまく歌えないほどだったという。好きだったハンナ・モンタナの曲を一つ歌ったことを今もよく覚えている。寒さ、慣れないギター、震える声、人を助けようと立った幼い自分。同じ福岡で名を掲げたラジオを届ける今と重なり、回全体に深い情緒を加えた。

美しい思い出話だけではない。どんな場所で育ち、地域の舞台や公共空間が感性の中で何を意味するかを示す。福岡が活動拠点の一つ以上に、経歴と感情の原点であることが表れた。

2023年「トロット・ガールズ・ジャパン」という転機

全国へ少しずつ名が広がったきっかけとして、2023年の日韓共同制作オーディション「トロット・ガールズ・ジャパン」を挙げた。今ラジオをしていることも不思議に感じると率直に話し、オーディションでぶつかり、鍛えられて今の自分ができたと語った。

単なる出演歴にしないことが重要だ。あれがなければ今何をしていたかと考えるという。当時は先の行動や社会での居場所に迷い、大学に進まなかった分、周囲の心配も大きかったと明かした。露出の機会以上に、現実の進路を変えた分岐点として読める。

親の心配にも触れた。出演中も将来が保証されたわけではなく、次に何をするか考え続けたという。後から見る成功談は一直線に見えやすいが、実際は違う。彼女も方向が見えきらない中で機会をつかみ、それが少しずつ別の扉を開いた。

かのうみゆ「かのうのかのうSAY!!」初回――福岡の記憶からソウル「1999」へ · 写真

TikTokと「Over Drive」が開いた道

TikTokの話も興味深かった。コロナ禍に勧められたが、当時はSNSが苦手で、積極的に好きでもなく、乗り気でないまま始めたという。それでもギターで歌いたい曲を投稿し、積み重ねた動画が予想外の流れを作った。

特にJUDY AND MARY「Over Drive」の弾き語りが反響を呼び、小さくても広まり始めた感覚を初めて得た。その反応から「トロット・ガールズ・ジャパン」側の声がかかり、参加へつながったと説明した。

ライブの現場とデジタルの両方が経歴を作ったことが分かる。地域で長く歌った舞台型の人であると同時に、現在への転機はオンラインで生まれた。舞台とアルゴリズム、ギターと短い動画、長い蓄積と予想外の露出が共に働いた。今の成長経路の複雑さを示す例だ。

sisでのメジャーデビュー――ソロの歌い手がグループへ

オーディション後はsis(SIS/T)のメンバーにもなった。10歳以降ずっとソロだったため、グループは初めてで戸惑いもあったという。幼いころ一度はやってみたくても、仲よくできるか、関係が複雑にならないかという漠然とした不安があったと、詳しく話した。

実際の流れは速かった。オーディション後、自然にメンバーとなり、気づけばメジャーデビューが進んでいたという感覚だった。そこまで早く実現するとは思わず、できればうれしいができなくても仕方ないと構えていたら、予想以上に進み、ある時デビューしたのだと実感したという。

大切なのはその先だ。グループをソロと競う別の自分とは考えない。ソロは、かっこよくもかわいく生きたいという個人的な感覚を追う場。sisはオーディションという原点から生まれ、トロット、歌謡曲、昭和歌謡、シティポップをつなぎ、出発点を忘れない責任を担う別の場として捉えていた。

両方とも自分でありながら、色や感情の伝え方は違う。異なる層の活動だからこそ、二つとも続けられるという考えが伝わった。

「黒い心臓」と50曲以上のオリジナル――創作の蓄積

最初に選んだのは最新曲「黒い心臓」だった。新曲宣伝以上に、過去を振り返る初回で現在の創作を早い段階に置いた意味がある。こうした時間を経て、今も新曲を作る人だというメッセージが自然に届く。

オリジナル曲は50曲以上と話した。一、二曲の印象的なシングルだけでなく、長い時間、自作曲を蓄積したシンガーソングライターなのだ。作り、演奏し、記録し、また発表する過程が繰り返されてきた。

25歳でたどり着いた初ワンマンの感情

前年を振り返って強く語ったのは、初の単独ワンマンライブだった。2025年夏に初めて開き、ようやくここまで来たと思う一方、少し遅いのではとも感じたと率直に明かした。

だが会場を見て考えが変わった。思った以上に自分を見に来る人がいて、もっとできるかもしれないと感じたという。単独公演は舞台だけでなく、活動とファンの実在を目で確かめ、先へ進む根拠を得る場でもある。

それから、もっと頑張ろうと思えたという。感謝にとどまらず、エンジンがさらにかかった。長い時間が無駄でなかった確認と、もっと遠くへ行けるという実感が同時にあった。

「愛のバッテリー」――一つの番組で並ぶ二つの顔

中盤以降にはsisのメジャーデビュー曲「愛のバッテリー」も紹介した。個人の「黒い心臓」からグループの曲へという並びは象徴的だ。自分のラジオでも話をソロだけに縮めず、現在を説明するにはsisも欠かせないと考えているようだった。

創作者、歌い手、グループの一員、オーディション出身、日韓を行き来する人という層を、切り離さず一つの流れに収め、初回に立体感を与えた。

福岡出身でも店には詳しくない――リスナーへ相談

後半では福岡の飲食店やおすすめの場所を聞いた。出身者でも、母の手料理が多く外食をあまりしなかったため、地元の店には詳しくないという。どこがおいしいか聞かれると自分が一番困ると笑った。

小さな話だが、番組の温度を決める。地域のラジオで大切なのは人と街をつなぐことであり、詳しい地元の人を無理に演じず、知らないから教えてほしいと言う。何でも知るスターでなく、福岡をもう一度学びたい人として、リスナーと同じ側に立つ。

最近福岡へ行くことが増え、カフェや新しい店、スポットを教えてほしいと頼んだ。2026年もライブや撮影で訪れ、おいしいものを食べたいという言葉が耳に残る。一方的な宣伝より、具体的な情報を交換して関係を作る姿勢が見えた。

韓国が好きという話から、ソウル「1999」の告知へ

好きなものとして挙がったのは韓国だった。両国で仕事をする今、韓国へ行くことが特に楽しみで、食べたいものはサムギョプサルだという。軽やかな暮らしの話が、活動範囲をかえって実感させた。

続けて、ソウルの日程を案内した。1月17日に弘大でソロライブ「1999」、18日に同じ建物でファンミーティングを開くという。「1999」は生年で、弘大は東京なら渋谷や原宿のような若い街と説明した。福岡は韓国に近いので、聴いている人も来られるのではと付け加えた。

日本の地域ラジオで韓国公演を自然に伝える場面は、活動が一都市、一国に収まらないことを直接示していた。

「Re:Road」、そして最後に伝えたドラマ出演

後半にはオリジナルの「Re:Road」を紹介した。「黒い心臓」とともに、過去、経歴、ソウル告知へ続く中で、今の創作を改めて思い出させる役割を担った。

最後には、まだ伝えていなかったニュースも加えた。小室哲哉総合プロデュースのショートドラマ「地下アイドルの方程式」が12月23日からDMMで公開され、自身はギターを弾く役で出演しているという。最後まで歌、ライブ、グループ、ラジオ、ドラマと活動の幅が広がることを示した。

初回が残した、現在を記録するラジオ

2026年1月11日のLOVE FM「かのうのかのうSAY!!」初回は、新番組の始まりを超えた印象を残した。題名、三重と福岡、大牟田と天神、警固公園のチャリティー、TikTokと「Over Drive」、オーディション、sisのデビュー、初ワンマン、地元のおすすめ募集、ソウルの日程までがつながった。

彼女を完成済みの結果として見せないことが大きい。今も学び、緊張し、地域やファン、次の舞台へ手を伸ばす人がいる。整ったイメージより生身の人が見えるから、信頼が生まれる。

近況報告より、どこで始まり今どこへ来たかの記録だった。このラジオが宣伝窓口以上に、一人の現在を少しずつ蓄積するアーカイブになる可能性を示す初回だった。

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