REVIEW · コンサート・ライブ
かのうみゆ、環境と音楽が出会う夜 — 第12回宗像国際環境会議

宗像ライブのセットリスト
演奏順
- DO IT NOW !
- DING DONGください
- 愛のバッテリー
- Terminal
- 瑠璃色の地球
環境の議論に響く音楽 — 2025年10月27日 第12回宗像国際環境会議
2025年10月26日から28日まで、福岡県宗像市などで第12回宗像国際環境会議が開かれた。「常若 未来を拓く」をテーマに、環境保全と持続可能な未来について、学術界、市民社会、国際機関が議論を共有する国際フォーラムだ。
日本の歴史と自然が交わる宗像という場所は、会議のテーマと響き合い、環境と文化の共存というメッセージを参加者に伝えた。その中で10月27日の夜、公式プログラムとして、かのうみゆのライブが行われた。学術発表と討論を中心とする従来の会議から踏み出し、音楽を介して環境のメッセージと聴衆の感性をつなぐ、珍しい試みとして注目された。
黒いドレスと舞台の視線 — かのうみゆの環境会議ライブ
公演は夜のセッションの公式行事として用意され、発表を終えた多くの参加者が、そのまま舞台を待った。かのうみゆは黒いドレスで登場。照明の下で鋭い輪郭と柔らかな線を併せ持つシルエットが浮かび、環境会議の厳かな雰囲気と音楽公演の繊細さが重なる瞬間となった。
「DO IT NOW !」で幕を開け、聴衆の視線を一気に引き寄せた。即座に伝わるエネルギーは、環境問題への迅速な行動の必要性を、比喩として感じさせる。続けて披露した「DING DONGください」と「愛のバッテリー」では、みゆならではのリズムと感性が、聴衆とのつながりを深めた。
中盤には「Terminal」が続いた。変化と移動、終わりと新たな始まりをテーマとする曲は、会議の主題とも強く響き合った。最後は「瑠璃色の地球」で締めくくり、地球を共に生きるという体験を、音楽の抒情へと置き換えた。

音楽と環境の出会い — 参加者の反応
今回のライブは、単なる余興ではなかった。参加者は真剣で開かれた姿勢で音楽を受け止め、みゆの歌と舞台が会議の思想的な流れを深めたと評価した。特に研究者、活動家、国際NGOの関係者からは、音楽が議論の論理を補いながら、感覚や感情に働き掛ける動機を与えたという声がそろった。
ある参加者は「環境の議論は、ときに学術的にならざるを得ない」とし、「今回の公演のように感情の表現が議論に加わると、メッセージは日常の体験へと広がる」と語った。環境政策と行動をつなぐうえで、感情の共感をつくる重要性を指す言葉だった。
当日の公演は、YouTubeでも映像が公開されており、およそ45分の位置から、かのうみゆのステージが始まる。会議の公式セッションとライブがどう結び付いていたかを、映像でも確かめられる。
文脈を広げる — 会議と音楽が届けるメッセージ
宗像国際環境会議は従来、セッション発表 → パネル討論 → ワークショップという形式を取ってきた。しかし2025年は、音楽を通じて、情報だけでなく感性の回路も広げる実験的なプログラムを導入した。かのうみゆの公演は、この変化を示す重要な節目となった。
環境問題は、危機や統計、政策、規範の言葉で伝えられることが多い。そこへ音楽という別の言葉を加えることは、主題を自分の内側に受け止めるための方法になる。音楽は一人一人の聴衆に即座の感情を呼び起こし、論理の整合性だけでは届きにくい共感を生む。
かのうみゆの選曲は、それぞれが独立した舞台であると同時に、会議の問いと比喩的に結び付いていた。即座の行動を促す「DO IT NOW !」、同時代のリズムや緊張を含む「DING DONGください」、愛と持続するエネルギーを象徴する「サランエ バッテリ(愛のバッテリー)」、終着点と新たな出発を共に歌う「Terminal」、そして地球そのものを主題とする「瑠璃色の地球」まで。5曲は単なる曲名の列挙ではなく、環境の議論を「認識 → 感覚 → 行動」へ自然に循環させる、一つの物語として働いた。音楽によって環境問題を理解し、共感し、自分の実践を思い描く仕掛けとなったのだ。
かのうみゆのメッセージ — 音楽を超えて担う役割
公演後、みゆは正式な発表やスピーチを行わなかったが、舞台そのものが伝えたいメッセージだった。以前から音楽で人々と直接交流してきた彼女は、ここでも、音楽の表現を介して人々に行動を促す形を選んだ。
特に「DO IT NOW !」は、タイトルが文字どおり「今すぐ行動する」と促すように、環境会議が求める即座の行動の必要性を音楽の呼び掛けへと変えた。聴く体験だけにとどまらず、暮らしの中の実践として捉え直す転機を、聴衆に提案する。
また、最後に「瑠璃色の地球」を置いたことは、公演全体の主題を凝縮する象徴的な選択といえる。ガラスのように透明で壊れやすく、生き物を包む透明な保護膜であると同時に弱さも見せる地球を思い描くなら、この曲は、環境の美しさと危うさを共に映す比喩の仕掛けとして読める。

会議と音楽が交差する場所
2025年10月27日の舞台は、単なる音楽公演ではなかった。政治や社会、そして何より、環境の議論を感情の側へ広げる実践的な実験だった。かのうみゆの歌は、聴衆の耳と心を共に開いた。それは、データや論理を超えた伝え方を探る試みでもあった。
環境問題は、もはや学術的な議論だけでは解決できない。感覚に根差す共感がなければ、行動にはつながりにくい。音楽がその接点をつくるとき、私たちは出来事を記憶するだけでなく、暮らしの実践へと変えられる可能性に出会う。
かのうみゆの舞台は、その可能性の一つを鮮やかに描いた。環境の議論と文化の表現が交差する場所で、音楽は情報を超え、共感の言葉として働く。





