REVIEW · 楽曲・アルバム
Mrs. GREEN APPLE「ケセラセラ」、日曜の夜を渡るファンファーレ

カラオケ番号
日曜の夜には、来週を思う気持ちがひと足先にやってくることがある。まだ休みなのに、月曜の重さをもう感じている。ドラマ『日曜の夜ぐらいは…』の主題歌「ケセラセラ」は、そんな時間に置かれた曲だ。Mrs. GREEN APPLEは、一週間をうまく終えた人だけを祝福しない。気に入らない一日を抱えた人にも同じサビへ入れるよう、短い題名を差し出す。
大森元貴はこの曲について、物事が良い方向や悪い方向へ決まるということではなく、なるようになると信じて書いたと説明している。そこに、すべてが好転するという予言はない。明日を制御できない人が、今日の自分まで失敗と判定せずにいられる小さな隙間がある。軽い楽観としてだけ聴くと、取りこぼしてしまう部分だ。
台本から始まった、近くにいる人の一日
大森は第一話の台本を読み、登場人物の愛情やプライド、生きる難しさに心を動かされたと語った。その出発点を知ると、励ましにも生活の大きさが生まれる。巨大な夢を達成した人の話ではなく、誰かと関わり、自分の一日を引き受ける人の歌なのだ。明日を劇的に変えなければ受け取れない応援ではない。
日曜にドラマを見て翌日から新しい週を迎えるという放送の位置も、曲にふさわしい距離を作る。物語が終われば、視聴者は自分の月曜へ戻る。音楽はその間を少しだけ一緒にいられる。人物の問題が自分の問題と同じでなくても、休みが終わる前の気持ちは歌と出会う具体的な場所になる。
一つの表情にとどまらない音
編曲も、同じ明るさを曲全体で繰り返すものではない。冒頭のハープシコードやピチカート系の音色、前半のアコースティックギターとパーカッション、その先で広がるオーケストラが、異なる大きさを作る。小さな音の近さと合奏の豊かさを並べて聴けば、題名の一言も毎回同じ表情では戻ってこない。
その変化を、疲れた人を無理に最高潮へ引き上げる順序としてだけ聴く必要はない。一日の中でも気分は一方向には進まない。大丈夫だと思ったあと落ち込み、ささいなことで少し笑うこともある。さまざまな質感をそんな速度でたどると、明るいサビは気持ちを固定する要求ではなく、変わり続ける感情がひとまず合流できる場所になる。
今の自分にも届く祝福
大森が曲に込めたというファンファーレは、今を懸命に生きる人へ向けられている。その言葉から普通思い浮かべる優勝者と、この曲の受け手は違う。まだ結果を得られず、自分を好きになることさえ難しい人に祝福の音を送る。評価が終わったあとの報酬より、今をしのぐ時間を先に見つめる歌だ。
曲が終われば、月曜はやはりやってくる。それでも短い題名を自分の声で一度口にすることはできる。大きな決意を立て直さなくても、今日を美しい日に言い換えなくてもいい。移り変わる伴奏と過ごした数分のあとには、来週を迎えるのがやはり自分だという事実が残る。「ケセラセラ」のファンファーレは、その人へ戻ってくる。
参考資料
音源・制作情報
ABCテレビ:日曜の夜ぐらいは… 主題歌と作曲者コメント ↗ · Universal Music:10 公式ライナーノーツ ↗

