FEATURE · 칼럼
「ミセン」ハン・ソンニュルを読む — 明るさの奥にある仕事と人間関係

ドラマ「ミセン」を初めて見ると、多くの人はチャン・グレに感情移入する。社会に出たばかりで、何も分からなくても耐えなければならない。説明されなくても理解できる立場だから、視聴者も自然とその場所に立つ。
だが時間がたつと、不思議と別の人物に目が向く。最初は軽く、邪魔に感じられ、話すたび空気を壊すようにも見えた人なのに、いつしか登場を待つようになる。それがハン・ソンニュルだ。
当初の彼は、必ずしも好感を持ちやすい人物ではない。冗談も言葉も多く、会社では少し幼く見える。グレが緊張し、人の顔色をうかがいながら耐える横で、一人だけ慣れているように振る舞うからだ。グレが会社に入った人なら、ソンニュルはすでに会社の一部であるかのように見える。
だが核心は第一印象でなく、後から見える行動にある。彼は会社員として器用な人というより、 まず人を見る人なのだ。
空気を盛り上げるより、守る人
会社は想像以上に感情が行き交う場所だ。仕事だけをする場所に見えて、実際は人と人の緊張や沈黙が多くを占める。誰かが叱られれば重くなり、失敗すればチーム全体が静かになる。
そんなとき、いつも先に動く人がいる。気まずさが長引く前に言葉を投げ、沈黙の前に冗談を言い、誰かが縮こまる前に声をかける。普通はムードメーカーと呼ぶ人だ。
ソンニュルは少し違う。盛り上げるためでなく、空気が崩れるのを防ぐために動く。つくる人というより、保つ人なのだ。
グレが失敗しても、直接慰めるのではなく普段どおりに接する。何でもないように話しかけ、ささいな話を振る。会社で一番つらいのは叱られる瞬間より、 叱られた後の沈黙だから、それが大切になる。
慰めようとすると、かえって相手が小さくなることがある。何気なく接すれば、戻れる余地ができる。彼はそれを知って動く。慰めに聞こえない言葉が、実際には最も現実的な支えになる。
明るい人のやり方
中盤以降、仕事がうまくいかず、状況がこじれて、彼の表情から笑いが減る時期がある。そこが大切なのは、もともと軽い人ではなかったと分かるからだ。
初めは余裕があるから笑う人に見えるが、実は逆だ。状況をよく知るから笑う。誰が苦しみ、耐え、崩れそうかを最初に察する人なのだ。
たいてい人は、調子がよいと明るくなる。だが苦しいほど明るくする人もいる。自分まで崩れれば周囲がさらに苦しくなると知っているから、先に笑い、声をかける。彼の明るさは性格以上に役割だ。
現実味があるのもそのためだ。実際の職場にも、能力や役職にかかわらず空気を保つ人がいる。問題を解決するのでなく、問題の後の時間を耐えられるようにしてくれる人だ。
チャン・グレを最初に理解した人
後半になるほど、彼はグレをよく理解する人物になる。先輩や上司より早くその状態に気づき、どんな気持ちで耐えているかを理解する。
二人が正反対に見えるのも面白い。グレは静かで慎重で、自分を出さない。ソンニュルはよく話し、積極的で、周囲とつながり続ける。表面上はまったく違う。
本質は同じで、耐え方が違うだけだ。グレは沈黙で、ソンニュルは笑いで耐える。だから言葉も独特だ。希望を語る助言や「きっとよくなる」はほとんどなく、普段どおりに接し、日常の話を続け、何でもないことにする。
慰めるのに手軽なのは助言だ。しかし人を支え直すのは、 日常へ戻れるようにすることだ。ソンニュルはそれを知っている人物だ。
崩れない人ではなく、戻ってくる人
大事なのは、彼も崩れない人ではないことだ。一度揺らぎ、表情が変わり、明るさを失う。そして時間を経て、元の姿へ戻る。
肝心なのは成長の物語ではない。強くなって戻るのでも、別人になるのでもなく、ただ再び笑えるようになる。現実も似ている。成長は新しい人になるより、自分を取り戻す過程に近い。傷ついても普段のように話し、また冗談を言える。それが回復だ。
だから彼は、ドラマでとりわけ現実的な人物として残る。最も有能でも最も悲劇的でもないが、隣にいてくれたら最もありがたい人だからだ。
長く記憶される理由は単純だろう。誰もがグレだったことがあり、同時に一度はこういう人のおかげで耐えたことがある。仕事を続けられる理由は、業績や評価より、ごくささいな一言であることが多い。
何気ない一言、普段どおりの会話、特別扱いしない態度。それを最も自然にできるのが、ハン・ソンニュルという人物なのだ。