REVIEW · MUSIC
秦 基博「鱗(うろこ)」——ためらいを脱ぎ、誰かのもとへ向かう歌
2007年の2ndシングルを、オリジナルMV、『タッチ』『MIX』とのコラボMV、Augusta Campと2020年のツアー映像から聴き直す。声と旋律が描く、心の一歩。

カラオケ番号
気持ちを説明するより先に、体を前へ運んでしまう歌がある。秦 基博の「鱗(うろこ)」も、その一曲だ。静かに語りかけるような声は、やがてためらいを押しのける力を帯びる。切ないのに沈みきらず、切実なのに大げさにならない。その間にある声の手触りが、何度でもこの曲へ耳を向けさせる。
身を守る鱗を脱ぎ、誰かのもとへ向かう。タイトルのイメージは、傷つくことを恐れていた心が動き出す瞬間としても受け取れる。公式ディスコグラフィーと四つの映像を手がかりに、音源、漫画との出会い、初期と2020年のステージを行き来してみたい。
2ndシングルに宿る、声の輪郭
「鱗(うろこ)」は2007年6月6日にリリースされた2ndシングル。キャリアの初期に生まれた曲だが、いま聴いても、単なる若い日の記録には収まらない。低い位置で気持ちを集め、サビで視界を広げる流れが、一曲の中に迷いと決意を同居させている。
秦の歌声には、なめらかさとざらつきがある。柔らかくつながる旋律の中に息の感触が残り、高音へ向かうほど言葉の切迫感が増す。その摩擦によって、整えられた告白が、いま伝えなければならない気持ちとして立ち上がる。まずはオリジナルの公式MVで、曲全体の呼吸を確かめたい。
公式MV
HATA MOTOHIRO · YouTubeで見る ↗
守るものが、隔たりにもなる
この曲の感情は、悲しさだけでは言い表せない。誰かを思う気持ちには、その場にとどまろうとする力もある。けれど「鱗(うろこ)」の旋律は前へ進む。感情を引き延ばすよりも次のフレーズへ送り出す運動が、思慕を行動へのエネルギーに変えていく。
鱗という言葉も、その流れの中で響く。自分を守っていたものが、誰かへ近づくことを妨げる場合もある。保護と隔たりが、同じ表面に重なっているのだ。これは作者の意図を一つに決める説明ではなく、歌のイメージから開かれる一つの読み方だろう。その余白に、聴き手は自分のためらいや、まだ伝えていない思いを置くことができる。
『タッチ』『MIX』が重ねる時間
2017年には、あだち充の『タッチ』と『MIX』が登場するスペシャルMVが公開された。ベストアルバム『All Time Best ハタモトヒロ』の発売を記念したコラボレーションで、小学館は両作品の物語が紡がれる初の映像作品として紹介している。2007年の楽曲に、10年後、新たな映像の文脈が加わった。
作品に親しんできた人には、一つの場面から長い時間がよみがえる。初めて触れる人にも、人と人の視線や、受け継がれる記憶から入っていける映像だ。漫画の物語が歌の意味を限定するのではなく、聴き慣れた旋律の中に別の時間を流し込む。個人の記憶と作品の記憶が、一曲を通してつながっていく。
『タッチ』『MIX』スペシャルMV
OfficeAugusta · YouTubeで見る ↗
Augusta Camp 2007で聴く、声の行方
続いては、Office Augustaが公式公開している「Augusta Camp 2007」のライブ映像。西武ドームで行われた、シングル発売年のステージを確認できる。動画の公開年と公演年は異なるため、2007年の演奏記録として聴きたい。
ライブでは、同じ旋律にも音源とは違う重さが生まれる。一節を終える息、次の音へ向かう力、観客へ声を届ける瞬間。映像の物語を追うときとは違う場所に、耳が引き寄せられる。MVが歌に風景を与えるなら、ライブは一人の体から生まれた声が空間へ広がる過程を見せてくれる。
Augusta Camp 2007 ライブ
OfficeAugusta · YouTubeで見る ↗
2020年のツアーから、もう一つの「鱗(うろこ)」
秦 基博の公式チャンネルでは『HATA MOTOHIRO CONCERT TOUR 2020 -コペルニクス-』の「鱗(うろこ)」も公開されている。発売年のAugusta Campと並べることで、同じ曲が異なる公演の文脈で届く様子を聴き比べられる。初期と2020年のステージからこちらへ進んでも、このライブを入口にオリジナルMVへ戻ってもいい。聴く順番が変われば、最初には気づかなかった声や息の運びが耳に残る。
CONCERT TOUR 2020 -コペルニクス- ライブ
秦 基博 / @hatamotohiro · YouTubeで見る ↗
四つの映像が開く、一曲の余白
オリジナルMV、漫画とのコラボレーション、初期と2020年のライブ。それぞれが曲の印象、青春の記憶、声の力を別の角度から照らしている。どれか一つが答えになるのではなく、同じ歌に入っていく道が増えるのだ。
最後に残るのは、大きな結末よりも、心が動き始める瞬間なのかもしれない。ためらいがなくなったからではなく、ためらいながらも誰かのもとへ向かいたい。「鱗(うろこ)」は、その小さな前進を大きな旋律へ変えて響かせる。