REVIEW · 音楽・アルバム
藤井 風「満ちてゆく」――手を放すことから始まる愛
手に入れることと、満たされることは同じではない。ピアノと歌が導く「満ちてゆく」を、愛と別れの距離から聴く。

カラオケ番号
満たそうとするほど残る空白
藤井 風の「満ちてゆく」は、愛が終わる瞬間を失敗だけで捉えない曲だ。誰かを思うほど、関係をつなぎ止めたい気持ちは強くなる。けれど、この歌が探すのは相手を長くそばに置く方法ではない。変わっていくものを受け入れながら、それでも愛せるのかという問いである。
2024年3月15日に発表された、映画『四月になれば彼女は』の主題歌。映画を知らなくても、歌の流れは明確だ。過ぎる時間や失われるものに向いていた視線が、後半には自分が何を握り締めていたのかを見つめ直す方向へ動く。
藤井 風「満ちてゆく」公式MV
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ピアノが残す余白
ピアノは感情の行き先を早々に決めてしまわない。歌の合間に空間を置き、一つの文が終わったあとにも響きが残る場所を用意する。低い声はそこを埋め尽くさず、会話のように通り過ぎる。冒頭から悲しみをすべて吐き出すバラードとは、感情の積み重なる速度が違う。
サビで旋律が大きく開いても、重要なのは音量そのものではない。抑えて語っていた思いが、長く続く音の上で形になる。ピアノを軸にした編曲と声の呼吸を追うと、静かな導入が後の広がりのためにどれほど多くを残していたかがわかる。
所有の外側に愛を置く
満ちていくという題名に反して、歌詞は何かを足し続ける話ではない。得ることと同じように失うことも人生に含まれ、思い通りにならない相手を受け入れる姿勢が浮かぶ。手を放すことは無関心になることではない。相手を変えたり引き留めたりしなければ保てない思いから離れることに近い。
その慰めは、傷がすぐ消えるという約束ではない。悲しみが残っていても、人生が空っぽとは限らない。愛の結果を成功と失敗に急いで分けない態度が、曲のゆったりした呼吸と重なる。
藤井 風 · Tiny Desk Concerts JAPAN · 全編(NPR Music)
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最後に残る声の姿勢
公式MVと別の公式パフォーマンス映像は、同じ歌への二つの入口になる。映像の物語をたどることも、演奏でピアノと歌に集中することもできる。その中心にあるのは、自分を証明するために感情を誇張しない声だ。
「満ちてゆく」は別れを美しく飾るよりも、別れのあとに何を愛と呼ぶのかを問い直す。最後に感じる充足は、すべてが解決したという結論より、すべてを自分の思い通りにしなくてもよいという安堵に近い。